Backpackの凡人



らしくない光景ですが、ここはサン・フランシスコ


凡人号はユタから、ニューメキシコ、アリゾナ、ネバダを抜けて更に東に向かっています。
途中、ほうき草とかが風に吹かれてハイウェイ上を転がっていて、よけきれずにそれをCaptureしたまま爆走
Rest Areaで、ほうき草を取り払った時には遠くに雪山が見えていました。実際にはこの写真はニューメキシコ州にかなり近いアリゾナ州のとあるRest Areaです。この辺は高度が高く寒いため雪がふっていました。写真に雪が見えますね。
ズーッと西の方に行くとロサンゼルスがちかずいて来るのですが、最悪でした。
アメリカの運転では1時間に最低100キロは進むと、計算して走るものです。でも、ロサンゼルスに向かう道は滅茶苦茶に込んでいました。明らかに全米一混んでるといっていいと思います。アトランタ、ニューヨーク、シカゴの順でこれまでとんでもない渋滞を見てきましたが、ここの渋滞は図抜けていました。後で調べた範囲では、車社会アメリカの最悪の交通事情はロサンゼルスなんだそうです。納得、納得。2度と車では向かわんどこぅ。ロスは諦めて撤退。北上してサンフランシスコに行くことにしました。
この辺は砂漠といっていい感じです。遥か彼方に汽車が走っています。実に広大です。
この辺、とても乾燥していてアロエなどの入った奴使ってスキンケアしないと、数日で皮膚ボロボロになります。特に唇などはズタズタになります。
少々の山を越えて更に東、更に北へ
途中の山には無数の風力発電の風車がありました。
やがて、北上して目的地へ向かいます。
ちなみに、途中、この辺のハイウェイは何回もルート66をまたぎます。シカゴと西海岸を結ぶ歴史ある道路です。
カリフォルニア州内を延々と北に走ることになるのですが道がとにかくまっすぐで暇で暇で仕方ない、眠いんです。運転自体はしやすくていいのですけど。
眠気覚ましには食欲で対抗します。この日、日本から持って帰ってきていたえびみりん焼き、エビセンですね。

バリ、ムシャ、ムシャ

(T_T) アメリカなどという日本食からかなり隔絶された世界ではこの手の味は骨の髄にしみわたります。その喜びを運転のパワーにして
ドライブの力に変えるのです。西海岸はアメリカ全土でももっとも気候の穏やかな場所です。特に冬はアメリカの他の場所と比べて暖かいので注目すべきものがあります。冬、アメリカで暖かいのは@マイアミ以南のフロリダ、次がAエルパソ、ツーソン等のあるニューメキシコ、アリゾナ南部辺り、その次がB西海岸一帯です。
Iowaではこの日、雪が降っているのに、カリフォルニアでは初秋、木々が色づき始めた頃でした。アメリカの紅葉はアスペンツリー、ポプラ等の黄色が支配する世界なのですがここは珍しく赤い色していました。
途中、だだっ広い場所になにやら畑があるのですが、コレまで見てきた何処とも違った畑です。

背の低いこの木々、ブドウ畑でした。

こっちは白い綿帽子かぶってます。綿花です。
ああ、カリフォルニアだなぁ....

ブドウ畑、綿花の広大な畑でした。他の何処でもこういう場所は見かけません。
そして何より整然と植えられたオレンジ畑(これは植えられたばかりのオレンジの苗)が無限に広がっているんです。

いつも思いますがアメリカはもちろん二次、三次産業も強いですが、農業、牧畜等の一次産業は凄まじく強いと思います。ある特定の一帯で同じものばかり無限に作っています。それを大規模に機械化した方法でもって物凄い生産力とするのです。アメリカの根本的強さの一つだと思います。二次、三次産業ではある種のイノベーションでもって先んじれば、日本のような小さな国であってもナンバーワンになれるのですが、何をどう間違ってもこの一次産業の面では日本には太刀打ちできません。土地の広さが違います。
牛もまとめ飼いです、このとおり。これだけのまとめ飼いしてるんです。BSEとか日本が言っても気にしない訳ですよ。全てをチェックするなんてできっこないんです。
やがて、カリフォルニアはその雰囲気を増します。民家の庭の植木もこのとおり。
あ、ひとつ思い出しましたが、2004年、石油がとても高価です。1ガロン(3リットルくらい)がこのとおりです。この値段は自分が全米で見た中で最も高い値段でした。やがて3ドルいくのではないでしょうか?カリフォルニアは人が密集し、そのことが物価上昇に直結してるんです。

そう、やって来たのはシリコンバレーを南に擁するサンフランシスコです。
(この場所はシリコンバレー内のガソリンスタンド)

何よりこれです。いつもこんな感じです。

Misty City サンフランシスコ

霧はこの町の代名詞です。

ダウンタウン中心。金融関係ばっかし。
とても有名な世界一曲がりくねった
道とされているロンバートストリート

これもサンフランシスコの代名詞
ケーブルカーです。

サンフランシスコの湾内に浮かぶ島
アルカトラス島です。
かつて囚人のための刑務所でした。

世界唯一、ゲイが公民権を得ています。
カストロストリートです。
右の色とりどりの旗はゲイのシンボル

にぎやかなウォーターフロントです。
フィッシャーマンズ・ワーフ
魚市場に端を発しています。
とってもデッカイ蟹が有名です

ユニオ・スクエア中心の公園(名前忘れた)周囲は高級ブティックばっかし。
こういう場所は女の子と一緒に来ると最悪です。笑。
サンフランシスコというとこれらの景色が典型です。
ちょっと、中心から離れるとギリシア、ローマを思わせる神殿があります。
横には湖があってアヒル、白鳥等が沢山いてとても静かな落ち着いた場所です。場所の名前忘れました。苦笑。
歴史を感じさせるものではないですがとにかくでっかくて精巧に作られています。
ちなみに、サンフランシスコの町並みの典型はこんな感じです。町全体がこの手の建築様式で統一されています。白い外壁、六角形の構造、屋根は薄い茶色。こんなとこですね。これがサンフランシスコの丘という丘を覆っています。
ダウンタウンに入る直前まで同じ光景が続くんです。一部屋狭いのですが軽く15万円くらいするそうです。理不尽な値段だと思います。日本と同じか、それ以上に高いですね。
丘を降りるケーブルカーです。暗くて写真しくじりました。丘と坂道、ケーブルカー、霧この3つがサンフランシスコの基本的景色を作ってるように感じます。
ここはどっか日本的です。オリエンタルチックなんですね。チャイナタウンです。アメリカ人にはとても珍しい世界みたいです。
夜のロンバートストリートをドライブしてみました。一応、その場に行ったことの証。
こっちはダウンタウン中心部です。
ユニオンスクエアはもうクリスマス色。いくらなんでも早すぎヨ。まだ一ヶ月以上は先のことなのに。
んでもってサンフランシスコの夜景。ツインピークすから撮ったものだと思いますが、テキトーに見て回ったのでよく覚えていません。
夜は大量のお寿司、お刺身いただきました。これ(新鮮な魚介類)はIowaではあり得ないものので、本当に涙ものでした。日本人の性です。
車をサン・フランシスコに残して、シカゴ経由で一旦、Iowa凡人亭に帰宅。(この際に初めてグレイハウンドバス使いました。アフリカン・アメリカンが多くてどこか怪しい雰囲気はなかなか楽しいものでした。彼らは話し始めるととても陽気な人達なんです)

Iowaで日常たる研究を数週間やって再度、サンフランシスコへ復活、サンクスギビングの週末が来たのです。
再度、シカゴ経由で
(写真はシカゴで一番高いビル、シアーズタワー)
サンフランシスコへcoma back
サンフランシスコは10年前に来た時とは全く違ってとても美しい空港になっていました。今までいった空港ではトップクラスの美しさといえます。
サンフランシスコ中心を遠くに眺めながら
今回は、橋を見に来ました。一応、見とくか、というとこです。

Golden Gate Bridge
当たり前ですが、でかい橋です。
太平洋に向かって、デーンとそびえている感じです。一応、来た証にそこをドライブして通り抜けました。
近くにはこんな石碑があります。勝海舟がこの場所に船をつけたんですね。彼はアメリカの政治、経済のシステムをここで学んで、そのことは後に日本の明治維新につながったのです。
ゴールデンゲート傍は数億円の豪邸がならんでます。一個一個は他のアメリカの豪邸と比べるととても小さいのですが、それだけ地価が高いのでしょう。
そういった美しい場所を抜けて少々南下してきました。
ちょっとだけ、スタンフォード大学を見ておきましょうか。
敷地内の雰囲気も大分違います。アメリカでも名門なだけあって
素晴らしい綺麗な場所でした。
どうせ研究するなら、こんな暖かい場所の方が
よかったかなぁなどと少々思いました。人ごみが過ぎるのでちょっと嫌気がさしますけど、悪くはない場所です。
更に、太平洋を横目に運転を続けます。
この辺はアシカがかつて沢山いる場所の筈だったんですが、どうした流れか数年前から一匹もいなくなったのだそうです。大外れ。
ま、いいやと、その傍の州立公園に行きました。Backpacker魂はサンフランシスコでも少しだけですが燃やしときました。
時間がないので、山道を駆け上がりましたが
サンフランシスコもまた、他のアメリカのと違わず、美しい自然を持っていました。
ダウンタウンから30分ほどしか離れていないこの場所に、こんなとこあるんですね。びっくりです。
頂上につくと、眼下にはサンフランシスコの町並みが自然と溶け込んだ姿で広大に広がっていました。
自然と町が融合している
と、ここではそう感じさせられました。
ホント、サンフランシスコって綺麗な町です
別の日には更に奥深く入っていきました。
巨大な木々の取り囲む場所、どっか変なトコなんです。
場所はサンフランシスコの南でサンタバーバラ近くのミステリースポットというところ

なんか変わった場所なんです、ここは。
このとおり、目の錯覚なのでしょうが騙されます。
ポルダーガイスト現象か?という感じといっていいでしょうか。いや不思議な場所でした。

10年ぶりにココに来たのですがなにかとても懐かしい感じがしました。
カリフォリニアはいいですね。食べたいものが食べられます。

久しぶりのラーメン、これも骨の髄に滲みました。
サンタ・バーバラのチョイと北にサンタ・クララという町があります。サンタ・クララはサン・ノゼの隣町です。
ここサンタ・クララはシリコンバレーの中心の中心なんです。

サーバー構築のプロですね

安いMedia感謝してます

いつもオークションありがとう。たまに外れます。

デジカメ高性能な奴買うならここでしょうか。

いつも実験ではお世話になってます。キット安くしてください。

PCウイルス掃除ありがとう
沢山のIT企業がここに集まってました。なかなかこんな景色は他ではありえないでしょう。凡人、興味津々でした。
この辺り、未だに急激に進化しているんですね。少し前までここは完全に原野だったそうです。信じられません。それが今では世界に名だたるシリコンバレー。ガソリン、地価は全米でここが一番高価なんだそうです。
なかでも超ドでかい建物があって目立ちましたが
Adobe systemsでした。

おお、お前らPhoto Shopでそんなに金儲けしてたのか...とそう思わされるくらい立派なビルでした。
本当にここはいろんな企業の集合体なんですネ。
でも、なんといってもシリコンバレーをシリコンバレーと呼ばせたのはこの会社
世界のIntelです。彼らはシリコンの半導体としての性格を究極まで知り尽くし、その性格をCPUという頭脳に変えてきました。まさにパソコン業界の巨人です。
IT関連の歴史というのは目覚しいものがあります。例えば音楽mediaは、レコード〜テープ〜CD〜MP3 player(1.8 inch HDD)と進化してきたわけです。
音楽の再生機器もそれにつれてどんどん小型化の一途をたどっています。そのうち人の一部になって人は第六感として利用し始めるのではないか...そう思わされます。
電話だって歴史は進んでいます。今ではそのどれにもCPUのような半導体による集積回路が使われているのです。
1995年にWindows95が発売されインターネット、パソコンはそれを境に爆発的に一般普及しました。その2年後、”その年の人”はインテルのChief officerが選ばれました。パソコン、インターネットをハードウェアの面で最も支えたとされる人です。
今のIntelの技術者の頂点の人がこの人です。ある意味、世界一の天才といっていいでしょう。
 インテルは本当に時間とともにすすむ進化の中で頂点であり続けました。
いつの時代も、その時代を支配する強さをみせる、この企業intelはすごいと思います。独占企業としてMicrosoftなんかは裁判に訴えられてますが、インテルはその点したたかで、これだけパソコン業界を制圧しているのにそういう争いごとには巻き込まれません。インテルの明らかに独占企業の様相を呈しているのですけどね。その点、やっぱし一般的な意味でも争いごとに巻き込まれないだけの頭よさがあるのでしょう。
彼らは、この建物の奥でこんな格好して、CPU作ってるのだそうです。
でもって、これがそのIntelの作業現場です。清潔が一番そういう世界みたいですね。
なんと、今、主流のPentium Mの作り方の基本を紹介していました。こりゃ、すごいよ。シリコンの層が丁度20個積み重なってるんだそうな... 超精密な世界に驚嘆しました。
こんな感じなんです。

とんでもない目に見えない世界が広がっている訳ですよ。半導体という一物質が明晰な頭脳になるんです。

倍率です ×1

×5

×9

×25

×50

×142

×285

×400

×2554

×4788

×19531
 すごい世界だ...
そのCPUのひとつを顕微鏡でズームアップして見てみましょう。その微細さたるや、まさに、脅威の世界でした。
彼らはこうして世界の頂点として君臨しているのです。


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